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真夏の広島紀行プラス神戸・大阪/5日目/三原市・福山市 - 日本史日誌城門を移築したと伝わる山門(重要文化財)。
山陽本線(三原→福山)
三原から福山まで約30分。その間に空は曇ってしまいました。福山駅構内で昼食。
15:05福山城
駅のすぐ目の前が城です。それもそのはず、福山駅は三の丸跡に建てられたのですから。
伏見城から移築されたという伏見櫓(重要文化財)。
同じく伏見城より移築の筋鉄御門(重要文化財)。
ちょっと見た目バランスの悪い鐘櫓(市指定
広島城 - マイノリティー・リポート城門を開閉していました。平成になって復元されたものです。
広島は原爆によってほぼ壊滅状態だったため、残されている、古いものの数がほんのわずかですすべて古いものを保存するのも、程度があるとは思いますが、自ら朽ち果てていく物はしかたないにしても、原爆のような物を落として良い訳もありません反省すべき人は、深く反省をしましょう
[相方城の歴史]桜山茲俊は亀寿山城主宮氏の一族で、この山に本拠を構え桜山氏を名乗ったと推定される。茲俊を有名にしたのは[太平記]で、その巻三「笠置軍事付陶山小見山夜討事」によると、「元弘元年(1331)9月、茲俊は楠正成に呼応して備後に挙兵し一宮を城郭としてたてこもり、近隣の豪族達を味方につけて一時は備後半国を支配し、備中や安芸へも進出するほどの勢いを示した。ところが、頼みとする笠置が落城し後醍醐天皇は幕府に捕え